オプティカルグラスのリヤド
庭の初源は祈りの場にあるという。パラダイスの語源が古代ペルシアの壁が囲う中庭「パイリダエーザ」であるように、中東の人びともまた、来世の楽園を中庭に具現化しようと試み、心の拠り所にしてきた。モロッコのマラケシュの「リヤド」と呼ばれる住宅では、赤い砂塵が舞う灼熱の旧市街の迷路と鮮やかな対比をなすように、中庭には寒色の瑞々しいタイルによる幾何学が隅々まで行き渡り、そこに噴水の水音とオレンジの実をついばむ小鳥のさえずりが反響して、楽園のごとき様相を呈している。
泥壁のそっけない外観と、その内に秘められた珠玉の中庭。富や美をいたずらにアピールするのではなく、友人や家族のために平和な世界を内部に築き、内なる秩序に向かうこと。中庭の空間形式は、その地の人びとの価値観すらも形成したのかもしれない。彼らの信仰や仲間意識の高さ、服装は、その端的な表れであろう。建築と人びとのふるまいは日々共鳴し合い、それが価値観や文化的体系をかたちづくっていくのだ。
「オプティカルグラスのリヤド」は、低層住宅街に建つ2世帯住宅である。建主はバス通りからの騒音や視線を感じることのない、静かな暮らしを望んだ。そこでリヤドのように、静寂の中に自然現象がこだまする中庭を設け、その楽園を通じてふたつの家族がひとつになることができる住宅を構想した。ただし中東と比べて日差しは弱いし、外部は流浪の民が行き交う環境でもないから、建築が外部を全否定するような建ち方は望ましくない。そこで、質量があって遮音性能を備えた無垢の光学ガラスのブリックと、青白い肌の美濃土のブリックを同形状に制作して、それらを丁寧に積んでいくことで、リヤドの安心感と自然現象の反響を実現しながら、半分開かれた「透明な中庭」を目指すことにした。
2種類の大きさのブリックをリズミカルに組み上げながら目地を徹底的に通して、床や壁、ベンチ、暖炉、花壇、エントランスのゲート、窓枠などのあらゆる部位を構成した。
その透徹した秩序は、職人の手の痕跡や、材料の収縮による形状の不連続性、色の不均質性を逆説的に顕在化させて、あたたかな表情をつくり出す。ガラスが内外にふりまく光と影や、水音や鳥のさえずりなどのさまざまな自然現象がブリックの幾何学の上で反響し、やがて楽園は立ち現れる。
- Completion
- 2020.7
- Principle
- Residence
- Site area
- 630㎡
- Total floor area
- 1,058㎡
- Structure
- RC+S
- Constructor
- SATOHIDE
- Location
- Eastern Japan
- Team
- Naoko Sumitani, Yuta Kato