北庭の家
庭園と生活は北庭で結ばれた。正確に言えば、私的で文化的な生活のための景観庭園がはじめて形を成したのは、北庭であった。寺院の伽藍配置において、南側は公的な接客空間であり、北側は生活空間であった。そのため、南庭は儀式のための平場であり、北庭は私的な庭となった。この北庭は書院造の武家の住まいが世の主流となっても変ることなく、さらに熟成を深めたのである。 敷地南側は道路に面し、1ブロック先に6車線の国道とその上を高速道路が通っている。ここで南面採光のリビングダイニングという、戦後以降に生まれた不文律に従っても、庭は2台の駐車場によって大きく削られる上に、道路からの騒音やプライバシー、国道沿いに高層ビルが建って見下ろされるリスクもある。そこで南側に建物を寄せ、低層住宅が並ぶ北側にLDKを向けた「北庭の家」を設計した。
LDK空間。幅9mの南の窓からの順光に満ちた庭を臨む。
北向きの室内は窓から天空光がじんわりと染み込んでくるような、穏やかな空間だ。それゆえ南からの順光を受けて輝く北庭は、より華やかに見える。直射日光の眩しさに惑わされることなく、太陽高度に応じて刻々と変化する光や庭を楽しむことが可能だ。何より、住人は南に向いた葉や花と向き合って暮らすことができる。植物が、建物や暮らしに歩み寄るような気配。庭屋一如の思想は、南庭ではなく北庭で育まれたのかもしれない。私たち日本人はこのような北庭を介して庭を愛で、独特の自然観と文化を形成してきたのである。
北側の隣地境界に高さ5mのリフレクションウォールを設け、冬至でも太陽光が壁全面に当たるように、2階の外壁を1階の外壁面より4mセットバックする。南からの太陽光が柔らかな反射光に変化してLDKの大開口を通過し、北山杉の磨き丸太の照りのある垂木天井が光を拡散させる。
庭は無限を意識している。リフレクションウォールは撮影の背景として使用されるホリゾントのような効果を生み出し、庭木の輪郭を強調させつつ奥行き情報を消している。庭に建物の影がなるべく落ちないように傾斜をつけた地面は、遠近法上の圧縮効果を生む。丘の尾根や低木によって壁と地面の接線は徹底して隠されている。日陰部分の涼しげなアウトダイニングテラスを囲う根府川石の腰積みは、徐々に解けるように飛石へと形を変え、丘を超えるにつれ小さくフェードアウトする。 立木は、リビング、ダイニングの各視点場を意識して、そこに正対する位置に真っ直ぐ伸びる2本のアカマツと、その中央に株立のアカマツを設け、3本の松を正真木とした。庭の両サイドには近景となって庭を縁取るイロハモミジを植えた。シダレザクラや紅白のウメ、低木のドウダンツツジは陽光の差す南向き、つまり室内に向けて花を咲かせ、季節の流れと共にその様相を変えていく。
自然光を天井面の障子により面光源に変換し、LDK内を優しい光で満たす。
北向き住戸特有の採光問題を解決するため、二つの光ダクトを設ける。一つは、建物中心にある垂直型の光ダクトである。屋根面のトップライトから1階LDKの天井まで貫通させ、2階の洗面脱衣室と1階のリビングダイニングの奥壁を自然光によって照らす。
玄関ホール。光学ガラスを配した窓から光が耳付のニレに差し込む。
踊り場ニッチスペース。
光学ガラスを積み上げた5mの開口からの陽光の中で読書に耽る。
もう一つは、我々がサンルームと呼ぶ、一枚板ベンチ付きの玄関ホールと読書ニッチ付きの階段室が連結する空間で、それぞれの開口に遮音性能と屈折拡散効果をもつ光学ガラスを並べる。刻々と変化する光が廊下を巡る、日光浴が可能な滞在空間である。 寺院建築における方丈庭園のように公的な空間として設えた。
2階には来客用に和室を設けた。床柱、天井板には笹杢目の霧島杉、床框には漆黒の光学ガラス無垢棒を使用した。床脇の地袋にはジャワ島産の更紗を用い、腰張りには藍染の手漉き和紙の耳を残し、裏打ち紙を使わず貼った。 北庭特有の光環境と現代的な生活を調和させつつも、庭屋一如の豊かな関係性を目指した家である。
和室の庭も北側に設ける。北からの柔らかい天空光が下地窓を通して室内に拡がる。欄間障子には地袋の更紗の三角形模様を引用し、松葉組子を用いた。
広縁。庭との間に気密性や断熱性の高いサッシを入れることで、快適に庭を鑑賞できるバッファスペースとしている。北山杉の掛込天井が視線を庭に誘導する。
延べ段や飛石はふるまいや使われ方、物語を示唆するものとして用いている。
道行の中に、建主に由縁のある建物で用いられていた瓦を埋め込んでいる。
浴室から和室の庭を見る。竹穂垣はゆるやかに庭と外界を隔て、住宅密集地でありながらも静寂な私的空間を確立した。
- Completion
- 2024.06
- Principal use
- Residence
- Structure
- RC+S
- Site area
- 497㎡
- Total floor area
- 448㎡
- Building site
- Japan
- Structure design
- SCALA Design Engineers
- Construction
- AOKI KOMUTEN
- Team
- Soichiro Takai, Tomohisa Kawase